普段から玄米ごはんを食べている人の中には、”健康のため”に、玄米ごはんを食べている方々が多いのではないかと思います。
そこで思うのですが、本当に玄米ごはんを食べることは健康に良いのでしょうか?
玄米ごはんを食べることが、なぜ健康に役立つのでしょうか?
玄米のメリットを調べてみると、様々な栄養成分が豊富に含まれていることが、主に挙げられています。
なるほど、玄米ごはんを食べることで様々な栄養を摂取することができるため、玄米は健康に良いと考えられているようです。
では、もし様々な栄養を摂取することが、より良い健康に結びつくと言うのであれば、その栄養成分を抽出したサプリメントをつくり、手軽に摂取できるようにすれば良いのでは?と考えられますが、玄米屋たいぞうはそのような安易なカタチでの栄養摂取による、ヒトの健康の確立には疑問と懸念を抱いています。
野菜の栽培などの例を考えれば理解できますが、ただ良い栄養を与えることが、丈夫な野菜の成長につながるというわけではなく、実はある程度満たされない状況下に置いてやった方が、深く根を張ることにつながり、最終的に丈夫な作物に育つということが、昔から経験則として知られています。
そのようなことを踏まえて、玄米ごはんのような”粗食”を摂取することで得ることの出来る本質的なメリットとは、各栄養素群の摂取だけではなく、人の肉体にちょうど良い負荷をかけることで、自身の能力が向上することに役立つことなのではないかと、玄米屋たいぞうは考えているのです。
もちろん、良質な栄養の摂取も大事な事ではありますが、足りなければ足りないで、いくつかの栄養素においては、自分の体内で合成する能力を、人間は持ち合わせています。
もし、あらゆる栄養に常に満たされた状態に置かれ続けているとすると、その状態に慣らされた肉体は、本来持っている能力を活かす必要がなく、眠らせてしまうことになります。
ですから、そのような状態に慣らされてしまうと、逆に豊富な栄養に満たされた状況でないと生きていけないような、脆弱な肉体になってしまう恐れがあるというわけなのです。
ところで、ネット上では玄米食に批判的な意見や、一部の書籍に否定的な意見が書かれてはいますが、私に言わせれば、玄米を好きではない人が、無理やりデメリットを探し出しているようにしか見えません。
どのような食べ物にも、人にとって何かしらの良い面と悪い面があって当たり前であり、物事を浅はかに判断するのは、ただただ愚かなことと言えるでしょう。
人にとって良いと考えられるものばかりを摂取することが、本当に良いことにつながるとは限りません。
人にとって良いと考えられていたことが、実は悪影響を与えていたり、人にとって好ましくないと思われるものが、逆に人の能力を向上させることにつながる、などということは往々にしてあるものです。
自然食品とは、まさに自然そのものであり、固かったり、苦かったり、酸っぱかったりと、人にとっては厳しいものであることが多いでしょう。
しかし、その厳しさこそが自然の与えてくれる試練であり、自然の本当の優しさといえるのです。
その試練を乗り越えることで、自身のより良い向上が導かれることになるのですから。
玄米ごはんを食べ続けることは、白米ごはんなどの現代食(つまり、人にとって優しい食)に慣らされた現代人には苦痛をともなう事かも知れません。
固い外殻に覆われている玄米を消化吸収するために、肉体の様々なところで負荷がかかり、また、精製された食品とは違い、アクなどや肉体にとってさほど不要な成分なども含まれているため、摂取することで様々な代謝活動を行う必要があるなど、玄米とは決して肉体にとって楽な食品ではないと言えるでしょう。
しかし、その自然の試練を乗り越えることで、強靭な肉体を手に入れることが出来、それにより様々な病気などに打ち勝つことができる様になるのではないかと、玄米屋たいぞうは考えています。
その事こそが”玄米食で得ることの本質”であると、私は考えているのです。
(玄米食の本質と秘訣 其の一 は、こちらをクリックするとご覧になれます)














