人の欲望と幸せの本質 其の一で、ウォント(~したいという思い)という欲望を、ただ叶えることが幸せを導くことではない、というたいぞうの持論を書きました。
今の社会は、人の様々な欲望が常に煽られている状況であり、世間にしても能力主義の偏重の中で「社会的に成功することが幸せな事だ」と言う概念を、容赦なく押し付けてくる状況と言えるでしょう。
そのような風潮の中で、あらゆる欲望を叶えようとすることは、ただただ疲れるだけです。
かといって、欲望を無視しようとすることも、人の自然には反することだと思います。
ですから、そういった欲望を「違うカタチの欲望」に変換できることが本当の幸せを導くことだと、たいぞうは考えています。
「今の自分を幸せと思える人が幸せなひと」といったことがよく言われますが、そういった人もまた、常に欲望を変換し続けることができる人なのでしょう。
ところで、話はかわって、日々の食事に玄米を食べることを取り入れることで、どういった欲望を満たすことが出来るか、少し考えてみました。
玄米食のメリット
※ 腹持ちが良いので、あまりたくさん食べたいと思わなくなる
(たくさん食べたいという欲望を、実際にはそれほどたくさん食べなくとも満たすことができる)
※ 栄養バランスの良い食事をしたいという欲望を、非常に簡単に実現できる
※ 上の二つの理由により、健康を維持するために最もふさわしい食事が出来る
※ 地球の環境を良くしたいという欲望を実現できる
・米のとぎ汁による水質汚染の心配は全く無い
・玄米を主食にすると、他におかずを食べる必要があまり無いので、食料としての他の存在を必要以上に荒らさずにすむ
・米を主食にすることを推進するので、日本の農業が安定する
・無農薬農法を推進することになるので、真に豊かな国土を次世代に残すことができる
・肉類と比べて、生産するために必要以上のエネルギーを使用せずにすむのでCO2などの排出が少なくすむ(循環型の生産と消費ができる)
※ 上記のようなことを実現することができるため、次世代の人達に対して、誇らしい姿を魅せることができる
玄米を食することを取り入れることで、こういったメリット(恩恵)が考えられるのです。
ですが、メリットだけ挙げるのでは公平ではないので、玄米食のデメリットを挙げてみます。
玄米食のデメリット
※ 美味しい食事を楽しみたいという欲望を満たすことができない
これだけです。
( 玄米は「高い」とかいう様なことをデメリットに挙げる方もいるかも知れませんが、そういったことはデメリットにはならないと考えています。
なぜなら、玄米を主食にして構成された食事のコストは非常に安上がりといえるからです。
何事も一部のことだけ見て判断するのではなく、全体を考えることが大事だと言えるでしょう。)
要は、美味しい食事を楽しみたいという欲望を変換することができれば、実は様々な他の欲望を叶える事ができるということを、たくさんの人達に知って欲しいと、たいぞうは考えているのです。













