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玄米食の本質

 

 

 人の欲望と幸せの本質 其の一で、ウォント(~したいという思い)という欲望を、ただ叶えることが幸せを導くことではない、というたいぞうの持論を書きました。

 

 

 今の社会は、人の様々な欲望が常に煽られている状況であり、世間にしても能力主義の偏重の中で「社会的に成功することが幸せな事だ」と言う概念を、容赦なく押し付けてくる状況と言えるでしょう。

 

 

 そのような風潮の中で、あらゆる欲望を叶えようとすることは、ただただ疲れるだけです。

 

 かといって、欲望を無視しようとすることも、人の自然には反することだと思います。

 

 

 ですから、そういった欲望を「違うカタチの欲望」に変換できることが本当の幸せを導くことだと、たいぞうは考えています。

 

 

 

 「今の自分を幸せと思える人が幸せなひと」といったことがよく言われますが、そういった人もまた、常に欲望を変換し続けることができる人なのでしょう。

 

 

 

 

 ところで、話はかわって、日々の食事に玄米を食べることを取り入れることで、どういった欲望を満たすことが出来るか、少し考えてみました。

 

 

 

   玄米食のメリット

 

※ 腹持ちが良いので、あまりたくさん食べたいと思わなくなる

(たくさん食べたいという欲望を、実際にはそれほどたくさん食べなくとも満たすことができる)

 

※ 栄養バランスの良い食事をしたいという欲望を、非常に簡単に実現できる

 

※ 上の二つの理由により、健康を維持するために最もふさわしい食事が出来る

 

※ 地球の環境を良くしたいという欲望を実現できる

  

  ・米のとぎ汁による水質汚染の心配は全く無い

  ・玄米を主食にすると、他におかずを食べる必要があまり無いので、食料としての他の存在を必要以上に荒らさずにすむ

  ・米を主食にすることを推進するので、日本の農業が安定する

  ・無農薬農法を推進することになるので、真に豊かな国土を次世代に残すことができる

  ・肉類と比べて、生産するために必要以上のエネルギーを使用せずにすむのでCO2などの排出が少なくすむ(循環型の生産と消費ができる)

 

※ 上記のようなことを実現することができるため、次世代の人達に対して、誇らしい姿を魅せることができる

 

 

 

玄米を食することを取り入れることで、こういったメリット(恩恵)が考えられるのです。

 

 

ですが、メリットだけ挙げるのでは公平ではないので、玄米食のデメリットを挙げてみます。

 

 

    玄米食のデメリット

 

※ 美味しい食事を楽しみたいという欲望を満たすことができない

 

 

 

これだけです。

 

 

( 玄米は「高い」とかいう様なことをデメリットに挙げる方もいるかも知れませんが、そういったことはデメリットにはならないと考えています。

なぜなら、玄米を主食にして構成された食事のコストは非常に安上がりといえるからです。

何事も一部のことだけ見て判断するのではなく、全体を考えることが大事だと言えるでしょう。)

 

 

 

 要は、美味しい食事を楽しみたいという欲望を変換することができれば、実は様々な他の欲望を叶える事ができるということを、たくさんの人達に知って欲しいと、たいぞうは考えているのです。

 

 

 

 現在、食事による栄養摂取を推奨する指針は、4群点数法を基本として構築されていますが、料理の組み合わせを中心に表現したバランスガイドというのも広く公表され、推奨されています。

 

 昔よく言われていた「一日30品目の摂取を目標に!」というのも、バランスガイドにあったような気がします。

 

 

 しかし、それらはいずれにしても、白米を主食として考えた指針であり、玄米を主食に考えると内容はまったく変わってきます。

 

 

 なぜなら、玄米を主食にすると、白米には無い、様々な栄養が摂取できるため、つまり副菜の摂取によるミネラルやビタミン、各種微量元素等の補充をそれほど必要としないからなのです。

 

 

 そもそも、昔は玄米をほとんど精米せずに食べることで、食料が豊富でない時でも栄養不足になることなく、人は生きていくことが出来たのですが、玄米の薄皮をむいて白米にすると「甘くて美味しい」から、皆が白米を選ぶようになったという経緯があります。

 

 「美味しい」という喜びを得るため、わざわざ栄養を捨ててきたわけですが、それだけでは当然栄養不足になりますので、何かで補充しなければならないわけです。

 

 

 その「何か」にも、さらなる「美味しさ」だけでなく「豊富な栄養」を求め続けてきた日本人は、「今」がどれほど「恵まれている」かしっかりと認識しなければならないのではないでしょうか。

 

 

 玄米を主食にすれば、わざわざ副菜により他の栄養を補う必要などほとんど無いにも関わらず、自身の食の快楽を得るために無駄を出すことを、異とも思わないのが現代社会の現実です。

 

 

「驕る平家は久しからず」「盛者必衰の理をあらわす」

 

 

 今の自分だけが楽しめれば良いと考えるのなら、別にそれも数ある生き方の一つだとは思いますが、未来の子孫達の幸せをも考える知性を持つのであれば、いかに自己を制御することが出来るか自分の欲望をいかに違うカタチに変換できるか、そういったことも考え、実行するべきだと思っています。

 

 

 

とはいえ、様々な食べ物を楽しむことは、自身の心と身体の活力の源であり、けっして非難されるものではありません。

 

 

 非難されることではありませんが、様々な食べ物を食べることについて、ただ楽しむことを良しとするのではなく、何より先に「感謝の心」を抱く事が、とても大事なことなのではないでしょうか。

 

 バランスの良い栄養の摂取を推奨するためには、楽しむことを一番に推奨するのではなく、何よりも「感謝の心」を持つことを推奨するべきと、玄米屋たいぞうは考えています。

 

 

 

 

普段から玄米ごはんを食べている人の中には、”健康のため”に、玄米ごはんを食べている方々が多いのではないかと思います。

 

そこで思うのですが、本当に玄米ごはんを食べることは健康に良いのでしょうか?

 

玄米ごはんを食べることが、なぜ健康に役立つのでしょうか?

 

 

玄米のメリットを調べてみると、様々な栄養成分が豊富に含まれていることが、主に挙げられています。

 

なるほど、玄米ごはんを食べることで様々な栄養を摂取することができるため、玄米は健康に良いと考えられているようです。

 

 

では、もし様々な栄養を摂取することが、より良い健康に結びつくと言うのであれば、その栄養成分を抽出したサプリメントをつくり、手軽に摂取できるようにすれば良いのでは?と考えられますが、玄米屋たいぞうはそのような安易なカタチでの栄養摂取による、ヒトの健康の確立には疑問と懸念を抱いています

 

 

野菜の栽培などの例を考えれば理解できますが、ただ良い栄養を与えることが、丈夫な野菜の成長につながるというわけではなく、実はある程度満たされない状況下に置いてやった方が、深く根を張ることにつながり、最終的に丈夫な作物に育つということが、昔から経験則として知られています。

 

そのようなことを踏まえて、玄米ごはんのような”粗食”を摂取することで得ることの出来る本質的なメリットとは、各栄養素群の摂取だけではなく、人の肉体にちょうど良い負荷をかけることで、自身の能力が向上することに役立つことなのではないかと、玄米屋たいぞうは考えているのです。

 

 

もちろん、良質な栄養の摂取も大事な事ではありますが、足りなければ足りないで、いくつかの栄養素においては、自分の体内で合成する能力を、人間は持ち合わせています。

 

もし、あらゆる栄養に常に満たされた状態に置かれ続けているとすると、その状態に慣らされた肉体は、本来持っている能力を活かす必要がなく、眠らせてしまうことになります。

 

ですから、そのような状態に慣らされてしまうと、逆に豊富な栄養に満たされた状況でないと生きていけないような、脆弱な肉体になってしまう恐れがあるというわけなのです。

 

 

 

ところで、ネット上では玄米食に批判的な意見や、一部の書籍に否定的な意見が書かれてはいますが、私に言わせれば、玄米を好きではない人が、無理やりデメリットを探し出しているようにしか見えません。

 

どのような食べ物にも、人にとって何かしらの良い面と悪い面があって当たり前であり、物事を浅はかに判断するのは、ただただ愚かなことと言えるでしょう。

 

人にとって良いと考えられるものばかりを摂取することが、本当に良いことにつながるとは限りません。

 

人にとって良いと考えられていたことが、実は悪影響を与えていたり、人にとって好ましくないと思われるものが、逆に人の能力を向上させることにつながる、などということは往々にしてあるものです。

 

 

自然食品とは、まさに自然そのものであり、固かったり、苦かったり、酸っぱかったりと、人にとっては厳しいものであることが多いでしょう。

 

しかし、その厳しさこそが自然の与えてくれる試練であり、自然の本当の優しさといえるのです。

 

その試練を乗り越えることで、自身のより良い向上が導かれることになるのですから。

 

 

玄米ごはんを食べ続けることは、白米ごはんなどの現代食(つまり、人にとって優しい食)に慣らされた現代人には苦痛をともなう事かも知れません。

 

固い外殻に覆われている玄米を消化吸収するために、肉体の様々なところで負荷がかかり、また、精製された食品とは違い、アクなどや肉体にとってさほど不要な成分なども含まれているため、摂取することで様々な代謝活動を行う必要があるなど、玄米とは決して肉体にとって楽な食品ではないと言えるでしょう。

 

しかし、その自然の試練を乗り越えることで、強靭な肉体を手に入れることが出来、それにより様々な病気などに打ち勝つことができる様になるのではないかと、玄米屋たいぞうは考えています。

 

その事こそが”玄米食で得ることの本質”であると、私は考えているのです。

 

(玄米食の本質と秘訣 其の一 は、こちらをクリックするとご覧になれます)

 

 

今や、どの医療関係書籍を読んでも、玄米ごはんを日々の食生活に取り入れることは、人にとって様々な面で、良い恩恵があることが説かれています。


であるにも関わらず、玄米ごはんを食べることを敬遠する人が、まだまだ非常に多い、というのが実際の所です。

 

 

なぜ、ヒトは玄米ごはんを食べることを敬遠するのでしょうか?

 

 

 ヒトは原始的な脳が求める、つまりは「本能」が優先的に求める食料として、自身の体にできるだけ負荷がなく、より効率よくエネルギーを摂取できるものを選択する傾向があります。

 

脂肪の多いもの   (g当りのエネルギーが最も高い)


甘いもの         (直接的にエネルギーとして使用される)

柔らかいもの     (肉体に負荷をかけない)


精製されたもの   (アクや雑味がないので、それらを処理するための余計な代謝活動を必要としない)
  

 

これらの食料の特徴は、すべて日本の現代食の特徴であるともいえます。

 

しかしながら、玄米ごはんにはそれらの特徴が何一つ当てはまりません。

 


玄米の主成分は炭水化物ですので脂肪は少なく、糠や膜、胚芽部分などには苦味や酸味などがあります。

 


白米と比べれば、食感は固くあたりますし、まったく精製されていない食品の一つです。

 

 

また、ヒトの食の嗜好には、成長期までの経験や親の食の嗜好が大きく関与し、成人すると本能的に求める食料以外のものに対しては、非常に保守的になる傾向にあるそうです。

 


ですから、ヒトが玄米ごはんを敬遠することは至って自然な事と言えるのです。

 

 

 

現在、飽食の環境に恵まれ、本能が求める食料ばかりで育ってきた私達現代人は、その効率性の良さにより、より大きな肉体を手に入れることに成功しました。

 


また、様々な薬や健康食品などが身近にあることも、その肉体にとって非常に優しい環境と言えるでしょう。

 

 

しかし今、その優しさの代償として、現代人は祖先から引き継いできた様々な能力を眠らせ、さらには、その能力がアダとなり始めている現実があるのです。

 

 

糖尿病やアレルギー、ガンなど現代病は、内臓内での免疫システム等の異常がきっかけとなり、起こる病気ですが、若年層でそれらの病気が増え始めたことには、甘やかされ続けてきた内臓が、その能力を退化させてしまった所にその一因があります。

 

人間が本来持っている能力を取り戻し、向上させる為には、適度なストレスの存在が不可欠です。

 

体に負担の少ない現代食に慣らされ続けてきた現代人にとって、玄米ごはんを食べることは、大きなストレスを感じることでしょう。

 

 

 


しかし、そのストレスこそが自身の内臓や代謝システムが正常に働くための良いトレーニングになり、自身の能力を向上させることにつながるのです。

 

 

玄米をスムーズに消化吸収することのできる内臓に変化し、それによって起こる様々な代謝活動に体が慣れる様になるまでは、大体3ヶ月くらいかかります。
(筋力トレーニングで筋力がアップするのと同様です)

 


そして玄米のような、難消化性の食物繊維を多く含む食料を中心に摂取し続けることで、腸内の細菌構成などが、日本人にとって最もふさわしい状態に変化します。

 

 

その結果、本来ヒトが持っている様々な能力が活性化することにつながり、具体的には、免疫システムの向上などといった様々な恩恵を得ることができるのです。

 

 

 玄米屋たいぞう便り4

 

 

 

玄米屋たいぞうの「食育の考え」は、けっして肉食などを否定するものではありません。

 

むしろ活発に活動する際や精力的な活動をする際には、肉食を勧めるほどです。

 

ただ、市場全体を見れば、すでに肉類などは非常に手軽に、そして極めて安価に手に入る世の中となっています。

 

 

であるにも関わらず、その需要をさらに増やそうと、人のあらぬ欲望を煽り、そのために必要以上の無駄なエネルギーを使用していることに対して、たいぞうは悲観しているのです。

 

 

玄米屋たいぞうの考える食育と、その先に求める姿は、一人ひとりが様々な食材をきちんと摂取できる能力を磨き、その上で、その時その時の自身にとって、より良い食材、食事を選択することができる能力を身に付けることです。

 

 

今の、「食」が飽和している日本において、これから本当に必要な「食」のあり方は、自らの欲望のコントロールに役立つ「食」である、とたいぞうは考えています。

 

私が「玄米ごはん」を、そのための手段の一つとして提案していることは言うまでもありません。

 

なぜ、玄米ごはんが自らの欲望のコントロールに役立つ「食」なのか?

 

これについては次回にお話したいと思います

              玄米屋たいぞうの発芽玄米酵素ごはん

  玄米ごはんを食べることの最大のメリット、本質は

 

「より少ないエネルギー(カロリー)で人間に必要な栄養を充分にとる

ことが出来ること」

 

 と、玄米屋たいぞうは考えています。

(特に日本人向けの栄養に、ということを補足します)

 

 

 ですから、旨い食事を楽しみ、たくさんの美味しい食べ物を食べる際には、玄米ごはんを共に食べることは向いていません

(玄米ごはんを楽しむためには粗食のスタイルをお勧めします)

 

  まずはそのことをご認識下さい。

 

 

現代の飽食の文化などが原因で引き起こされる、「現代病」「自然破壊」などの様々な問題を、

より良く解消するための手段として古代食「玄米ごはん」を食生活に取り入れることが、

今の日本には必要だと、玄米屋たいぞうは考えています。

 

玄米屋たいぞうはけっして、「玄米菜食を続けなければならない」とか「肉食をしてはいけない」などと提案しているわけではありません。

 福井の田んぼ

 

 より良い食べ方の手段の一つとして、

玄米ごはんという食べ物を日々の暮らしに

 取り入れることを提案しているのです。

 

 

 少しでもたくさんの人達が玄米ごはんを好きになってくれたら・・・

それが玄米屋たいぞうの夢であり、目標です。

  

 

 次に、玄米食用の玄米は無農薬栽培またはそれに近い減農薬栽培のものでないと基本的に

美味しく感じないことをご認識下さい。(何故か、はっきりとした理由は私もわかりませんが・・)

 福井米

さらに米を作っている農家さんが、お客さんが玄米のまま食べる

ということをちゃんと認識しているような方から購入することが

大事です。

 

お米作りをしている農家さんは、ほとんどの方々が、お客さんは白米ごはんで食べるものと思い込んでいます。

 

 

米に限らず、どのような食べ物も、作る人はお客さんが美味しく食べてもらえることを願って作っているものだと思います。

 

白米で美味しく食べてもらうことを想像しながら栽培したお米を、玄米で食べても、農家さんは嬉しくはないかも知れません。タニシ君

 

それよりも玄米で食べてもらうことを考えて栽培された米を、玄米ごはんで食べることが大事なのです。

 

 

玄米食を美味しく楽しむための3つの秘密はこちらから

 

 とんぼちゃん

そして、もし玄米ごはんを好きになる人がますますと増えると、無農薬有機栽培を手がける農家さんが必然的に増え、様々な生き物が共存する環境もが、日本中で増えることになるのです。

 

 

たくさんの存在と共存することのできる世界を次世代につなぐ

それも玄米屋たいぞうの夢であり、目標であります。

 

 

また、米国などのセレブ達のあいだでは、玄米菜食という食事法が人気ですが、日本での有機農法など、クオリティの高い米作りがますます発展すると、他の先進国へのより高値での米の輸出も可能になるかも知れません(あくまで妄想ですが・・・)

 

(玄米食の本質と秘訣 其の二 は、こちらをクリックするとご覧になれます)

 鳥さんどじょうさん

発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方2

発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方

 

  現代病の原因は飽食の文化が主な原因の一つですが、中々理解はしていても誘惑に負けてしまうのが現状ではないでしょうか。 

 

しかし、だからといってそのまま流されていると後々必ず後悔することになります。

 

 また安易な健康食品の摂取に走っても、楽して良い事がないのは古今東西を考えても明らかです。

 

 楽して健康を得ようとしている親の、そしてそのような背中をみて育った子供達に、明るい未来が待っているとは私にはけっして考えられません。 

 

私は、いまだにエスカレートし続ける飽食文化の中で、その人間の欲望をより良い方向に導くための「食」のあり方として「玄米」にスポットを当てています。

 

 そしてその「玄米」を太古の知恵と現代の技術により、より美味しく、そして現代生活にあった形で提供しています。 

 

玄米屋たいぞうの「発芽玄米酵素ごはん」

 

 「発芽玄米酵素ごはん」のより良い食べ方のチラシを以下に表示します

 

 発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方

 発芽玄米酵素ごはんのより良い食べ方2

 

  食文化のあり方というものを考えるときは、過去と現在、そして未来をしっかりと見つめる必要があります。

 

 私達日本人がこれまでどのような食生活を営んできたのか?

 

 そして今どのような食生活を営んでいるのか?

 

 これから生きる人達はどのような食生活を営んでいくべきなのか?

 

 私は今、過去と現在をしっかりと見つめることで、次世代に伝えていくべき食文化のあり方を見出すことに意義を感じています。

 

 

 日本は約50年前より、自由市場原理に基づいた資本主義社会の形成を歩んできたため、物質的な繁栄を飛躍的なスピードで果たすことに成功しました。

 

 人間の欲望を最も効率的に満たす手段が資本主義だということなのでしょう。

 

 資本主義の定義では、あらゆる事象において、あくまでも一人の人間の欲望の追求を優先させます。

 

 つまり、複数の人間の集まりであるコミュニティの欲望をかなえるということは、一人の人間の欲望をかなえることの前には屈服してしまうというのが資本主義の前提であります。

 

 現代の日本は「食」のシーンにおいても、個人の欲望を最も満足させることのできる商品やサービスで溢れかえるようになりました。

 

 そしてそのような商品、サービスは市場原理の中で、まだまだ増え続けることでしょう。

 

 あくまでも「個人の欲望を満足させるもの」が優先して市場を席巻するのであり、コミュニティの欲望を満足させるような商品やサービスは、個人の欲望の前には隅に追いやられてしまうのです。

 

 コミュニティを日本という国で考えたとき、日本人全体がより良く生きることのできる「食のあり方」をどれほど提案しようとも、市場原理においては、個人が欲する「食」がもっとも優先させられてしまいます。

 

 市場原理と飽食の文化の中で、人の本能をただ満たすことのできるハイカロリーな食物、柔らかい食物、甘い(旨い)食物がもっとも脚光を浴び、非常に安価に、そして何時でも手軽に手に入れられるようになったのです。

 

 私は資本主義をただ否定しているわけではありませんが、「食」の分野については、これ以上資本主義主導のままに歩み続けるのは、世代間コミュニティの崩壊を招くのみと考えています。

 

 

 「食」について、世代でコミュニティを考えると、子々孫々に「より良い生き方」ができるような「食」を残すことがコミュニティとしての欲望になります。

 

 つまり子供達が健やかに育ち、より良い肉体を形成し、次の世代にさらなる進化を繋ぎ、永く健康でいることの出来る様な「食」を欲することがコミュニティとしての欲望になるのです。

 

 おそらくほとんどの人たちがこのような欲望を持って生きていると信じたいのですが、市場原理と資本主義思想の前では「より美味しい食」や「より手軽に摂取できる食」を欲するという個人の欲望のほうが優先され、その欲望を叶えるための商品や手段が市場を席巻してしまうのです。

 

 

 このような今の日本の状況を踏まえた上で、玄米屋たいぞうが考える次世代に伝えていくべき食文化を述べたいと思います。

 

 

 玄米屋たいぞうはこれまでずっと本当の意味で人に喜んでもらえるようなサービスを提供できるよう、考え続けてきましたが、おそらく個人の欲望とコミュニティとしての欲望の両方すべてを叶える手段は無いといえるでしょう。

 

 個人の「今食べたいものを食べる」という欲望は、決して未来を見据えたものではありません。

 

 まずひとつ、人間がより美味しい食べ物、より旨い食べ物を求めることは、より多くのエネルギーを必要とすることに他なりません。

 

 玄米屋たいぞうの想い16でも述べたように、質量保存の法則に基づくと、より多くのエネルギーを必要とするということは、その代償としてその分の何かを捨てなければならないということがあります。

 

 もうひとつ、食べ物を獲得することが、より便利になるということは生物として怠惰になるということです。

 

 若年の頃から、噛む必要の無い様な柔らかい食べ物ばかり摂取し続けたり、サプリメントなどの直接的な栄養の摂取を続けることは、生物としての退化を促します。

 

 以上のようなことから、より少ないエネルギーでより良い生を得ることの出来る「食」のあり方を考えることや、肉体にある程度のストレスを与える食事をすることが重要であると私は結論付けました。

 

 

 赤ちゃんに大人が食べるような苦い食べ物や酸っぱい食べ物をちょっと舐めさせたりすると、とたんに泣き出したり、嫌な顔をしたりします。

 

 しかし砂糖水を舐めさせると笑顔で嬉しそうな態度をとります。

 

 これが本能レベルでの欲求の違いです。

 

 本能の欲求に忠実であるということは、ただ幼稚であるということといえるでしょう。

 

 春の味覚の一つであるふきのとう。

 

 とてもアクがつよく苦いので私は子供の頃は嫌いでしたが、様々な食体験を経て、今の私の好物の一つに挙げられます。

 

 つまり本能においては苦い食べ物というのは敬遠されるものですが、それを乗り越えたことで苦い食べ物からも栄養を摂取することが出来るようになったのです。

 

 

 本能を乗り越え、様々なものを摂取することが出来る雑食性の生物に進化したからこそ、人間は生物界の頂点に立つことができたのです。

 

 本能を乗り越えたところに喜びを見出すことが出来るからこそ、生物としてのより良い進化を果たすことができたのです。

 

 昔からの伝統食を未来に残すという具体事例だけではなく、精神的な文化を伝えていく、それが今のたいぞうが考える食文化のあり方です。

 

 

 玄米屋たいぞうは本能を乗り越えたところにある喜びを見出し、その喜びを伝えることでより良い文化を後世に伝え、子々孫々のより良い繁栄をもたらすことが出来るようなサービスをこれからも考え続けていきたいと思います。

(同様の記事とのリンク)

 

 

 

 

 
玄米食のメリットの一つに高い毒素排出効果を挙げることができます。
 
 
玄米および発芽玄米には豊富な不溶性食物繊維やフィチン酸が多く含まれ、パラオキソナーゼ(PON)の活性を高める効果があることなどが、人間の体内の毒素の排出を促す要因になります。
 
 
そこで疑問に思われるのが毒素って何?ということではないでしょうか。
 
 
毒素とは人間の体のシステムに害を及ぼす因子(化学物質)を指しますが、それは大きく3つに分けることができます。
 
 
それには外因性のもの、内因性のもの、自家製のものとがあります。
 
 
外因性の毒素にはタバコの煙や薬物、刺激性の飲食物、排気ガスや悪性の環境ホルモンなどが挙げられます。
 
 
内因性の毒素にはウイルスや細菌による感染などで生じた毒素や、一部の腸内細菌の代謝により発生した化学物質などがあります。
 
 
自家製の毒素とは自らの身体で営んでいる代謝活動において副産物として自らつくり出してしまうものを言います。
 
 
健康で活力のある状態においては、体は毒素をはねつけたり、体内で作り出した毒素を排除する機構が働きますが、活力が衰えると毒素が蓄積してしまい、体は様々な不調を発生します。
 
 
さらに慢性化したり重症化してくると頻繁に風邪などの病気にかかりやすくなり、またガンやアレルギーといった自己免疫性疾患へと発展する可能性が大きくなります。
 
 
このような情報を得ると「毒素をいかに排除するか?」とか「毒素のない生活を心掛けなければ!」というように考える人がほとんどですが、ちょっと待って下さい。
 
 
毒素を避けることにあまり神経質になり過ぎるのも問題です。
 
 
そこで順番に考えて見ましょう。
 
 
まず自家製の毒素については、自分ではどうしようもありませんので避けようがありません。
 
 
というよりも、人間が長い進化の果てに手に入れた代謝システムの結果に発生するものであり、それを処理する能力も進化の途中で身に付けていますので基本的にどうこうしようと考えることが間違いです。
 
 
身体の活力が落ちたときに自浄能力も落ちますが、この場合は毒素うんぬんよりも身体の活力を正常に戻す努力をすべきなのです。
 
 
続いて内因性の毒素ですが、これも基本的には自身の活力を常に正常に保つ努力をすることが大事で、大抵は自然に排除されます。
 
 
しかし、食生活の改善により腸内の細菌構成が人間の体により良いものになることで、毒素の発生量が減少することが確認されています。
 
 
腸内の良好な細菌構成は発生する毒素の減少の他、人体に様々な有益な報告がなされていますので、乳酸菌を多く含む食物を摂取することは大いに推奨すべきことでしょう。
 
 
問題は外因性の毒素です。
 
 
タバコの煙や排気ガス、様々な食品添加物、悪性環境ホルモンなど現代社会では空気や水、食べ物などいたるところに人間自身が作った毒素が溢れています。
 
 
通常は人間の体は長い年月をかけて進化していくことで、それらの毒素に対する抵抗力を身につけていくのですが、あまりにもハイペースで環境が悪化しているため、さらには人間の自浄能力が甘やかされた環境に置かれてきたことで退化しているために、様々な病気を招く結果になっています。
 
 
これらの毒素による病気に打ち勝つためには、幼少の頃からそれなりに厳しい環境で育てることで体の自浄能力を高め、あとは排気ガスやたばこの煙、環境ホルモンなど決定的な有害毒素を避けることが考えられます。
 
 
あと出来る事は、常に水を摂取することにより腸内や腎臓に毒素の沈着を防ぐことや、玄米などのようなキレート作用のある食物を摂取することで毒素排出を促進したり、発芽玄米のように人の体の自浄能力を高める物質を多く含む食物を摂取することなどがあります。
 
 
すさまじいまでのスピードで発展した社会の裏にある、この環境の問題をみなさんも真摯に考えてみてはどうでしょうか。
 

 

 

  私が感じるに、男性の9割以上が玄米を食することを敬遠します。

 

敬遠どころか嫌悪すらする次第です。

 

なぜ男性はそこまで玄米を食することを嫌うのでしょうか。

 

ちなみに女性では5割くらいが関心を持ち、うち2~3割の人が食することに抵抗しません。

(正確なアンケートを取ったわけではありません。あくまで玄米屋たいぞうの私見です)

 

この数年間、玄米屋を営んできて私なりに分析、そして仮説、検証したところある結果に到達しました。

それはつまるところ本能による違いではないかということです。

 

 

男性という生物は身体能力が女性と比べ優れているぶん、古来より狩猟や農耕などの肉体労働を担ってきました。

狩猟などの活動には激しい運動を伴うことが多いため、たくさんのカロリーを必要とします。

そのため、より多大なエネルギーを吸収できる食物を求めます。

 

多大なエネルギーをもつ食物は高度なたんぱく質、脂肪などですが、平たく言えば「肉」です。

 

 

より活動的になればなるほど効率よく多大なエネルギーを得ることの出来る食物を求めるため、食べたいと体が欲求するのは肉、魚であり、野菜や玄米などはもってのほかと言うことになります。

 

玄米は主に炭水化物で構成されており、また硬い外殻に覆われているため、エネルギーの吸収効率は非常に悪いのです。

 

 

古来、女性は子を産み、守り、育てる役目を担ってきました。

 

飢餓が隣り合わせにある時代では少しでも子孫に食物をわけ与え、自身は少ないエネルギーで生き延びる必要がありました。

少ないエネルギーでも生きるのに必要な栄養素を持つ食料は豆、穀類です。

 

なかでも玄米は弥生時代から西暦1800年くらいまでの日本人の常食の一つであり、栄養素のバランスはもっとも優れている食料の一つです。

 

この少ないエネルギーで守るという本能が女性にあるために、女性には玄米を嫌う人が少ないという仮設がたてられるのです。

 

 

ダイエットのために食べてるだけだよという方もいるかもしれませんが、そういった人は意外と少数派で、健康のためとか単純に美味しいからという人のほうが多数を占めているようです。

 

 

現代社会は飽食の時代ですから少ないエネルギーで生きる必要はないかも知れませんし、女性も非常に活発的な行動をとるために男性的な女性が増えてきているとの声もありますが、1000年以上もの間、受け継がれてきたそれぞれの本能は今もそれほど変わらないのでしょう。

 

ですから女性の皆さん、旦那さんや息子さんが玄米を嫌うのはしょうがないことなのですよ。

男性が玄米を食べないのは本能のためと割り切りましょう。

玄米は女性にとって素晴らしい価値のある食べ物です。

 

最小限のエネルギーで必要な栄養を摂取できるため、無駄な生理プロセスがごく少なくて済みます。

 

そして食事が少なくて済めば当然、活性酸素の発生量も少なくなるため、結果的に様々な健康効果や肌荒れの解消、それにともなったダイエット効果などの恩恵があるというわけです。

 

 

ただ、肉体労働を必要としなくなった現代社会のホワイトカラー達には男性でも玄米を好んで食する人が増えてきているようです。

 

私は男性ですので玄米を敬遠する気持ちはわからないでもないですが、料理に携っている人間でもありますので、あらゆる素材を受け入れる寛容さを持ち合わせてもいます。

ですから玄米を公平に判断し、その素晴らしさに気づくことができました。

 

現在ふつうに流通している米を玄米で食べても確かに不味いですが、昔ながらの米作りをしているところの米であれば非常に美味しく頂ける筈です。

(こちらをクリックすると玄米を美味しく食べるための三つの秘密をご紹介いたします)

 

また、今は200年前と違い調理器具の発達により玄米も当時とは柔らかく炊き上げることができます

それに様々な調理法が開発されてきました。

 

 

たいぞうの発芽玄米酵素ごはんもその一つです。

 

是非この素晴らしい古代食を皆さんの生活に取り入れてみてください。

 

 

 

 

 

 

玄米ごはんを美味しく食べる(続ける)ための三つの秘密

 
 

其の一 おかずの相性を考えて食するべし
 

 玄米には油系のおかずが決定的に合いません。
ですから欧米風のおかずなどには悪相性な場合が多く、玄米をマズいと感じる人が多いわけです。
 
 玄米と相性の良いおかずは非常に限定的ですが、最も相性の良いおかずの一つとして味噌や漬物といった発酵食品があげられます。玄米との組み合わせは白米の味が幼稚に感じられるほど素晴らしく、また栄養学的にも優れています。
 
 おかずをもりもり食べたいときは白米を、体の毒素を排出して良質な栄養を摂るときは玄米食を、と日常の生活で使い分ける
 
 そんなスタイルをたいぞうは提案します。
 
 
 

其の二 玄米食用の玄米を食するべし
 

 普通に市販されている玄米はあくまで白米として食べることを前提として作られたお米です。
 玄米の状態で食べても美味しく感じることはなく、また籾殻や異物も多く、残留農薬の危険性も無きにしも非ずですのでおすすめしません。
 
 玄米食用の玄米は専門の農家が作ったお米で、なおかつ残留農薬の検査がきちんとされたものでなければいけません。
 
 さらに収穫した米を乾燥する際にお日様で干した天日乾燥のものであればいうことはありません。天日乾燥のお米は風味が格段に違います。
 
 
 

其の三 ごま塩を振るべし

 
 どうしても玄米の風味が気になるという方はごま塩をたっぷりと振って食べてみてください。
 胡麻の風味でまったく気にならずに召し上がることができます。
 生まれたときから白米で育った我々日本人が玄米の風味を苦手に思うことはおかしくはありません。
 栄養学的にも非常に優れていますので、たっぷりとごま塩を振りかけ美味しくお召し上がりください。  
 

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