現在、食事による栄養摂取の、国が推奨する指針においては、4群点数法が基本として構築されていますが、料理の組み合わせを中心に表現したバランスガイドというのも推奨されています。
昔よく言われていた「一日30品目の摂取を目標に!」なんてのも、まだバランスガイドにあったような気がします。
しかし、それらはいずれにしても、白米を主食として考えた指針であり、玄米を主食に考えると内容はまったく変わってくるのです。
玄米を主食にすると、様々なミネラルが摂取できるため、副菜の摂取によるミネラルの補充をそれほど必要とはしません。
わざわざ30品目もの他の食材を取り入れるまでもなく、玄米だけで人が生きるために必要な栄養素のほとんどの種類や量が摂取できるのです。
( もちろん、玄米だけでは足りない微量栄養素や、玄米を摂取する”量”によっても、足りない栄養素などがありますので、けっして玄米だけでこと足りるわけでは無いことをご認識下さい )
そもそも、昔は玄米をほとんど精米せずに食べることで、食料が豊富でない時でも栄養不足になることなく、人は生きていくことが出来たのですが、玄米の薄皮をむいて白米にすると「甘くて美味しい」ため、皆が白米を選ぶようになったという経緯があるのです。
「美味しい」という喜びを得るため、わざわざ栄養を捨てたわけですが、それだけでは当然栄養不足になるので、何かで補充しなければいけません。
その「何か」にも、さらなる「美味しさ」だけでなく「豊富な栄養」を求め続けてきた日本人は、「今」がどれほど「恵まれている」かしっかりと認識しなければならないのではないでしょうか。
「驕る平家は久しからず」「盛者必衰の理をあらわす」
今の自分だけが楽しめれば良いと考えるのなら、別にそれも数ある生き方の一つだとは思いますが、未来の子孫達の幸せをも考える知性を持つのであれば、いかに自己を制御することが出来るか、そういったことも考え、実行するべきだと私は思うのです。
それこそが「良い生き方」につながるのではないかと、たいぞうは考えています。













