c型肝炎
玄米屋たいぞうの想い21 ( なぜ焼肉屋から玄米屋へ? )
いろいろな人にどうして玄米屋を営んでるのか、と聞かれることがあります。
私が以前に焼肉屋を営んでいたことを知っている方などから聞かれる場合が多いのですが、一般的な感覚では焼肉屋と玄米屋では正反対のイメージがあるからでしょう。(玄米屋というのはあまり一般的ではありませんが・・・)
たいぞうの想い18でも少し触れましたが、自分が焼肉屋を天職にするには疑問を持ってしまったというのがそもそもの始まりです。
焼肉屋をしていた当時は金銭的には今と違って割と儲かりました。
しかし自分の心の中でなにか満たされないものがあったのです。
そしてそれは自分が体を壊して決定的な思いに変わりました。
焼肉屋を営んでいるときはそれなりに繁盛したこともあり深夜4時、5時まで営業が及ぶことがしょっちゅうでした。
またお客様からアルコールの勧めがあったりしましたので、私の肝臓が悲鳴をあげるのは不思議ではありませんでした。
私の肝臓はこのままではあっという間に肝硬変になってしまうと医者に言われる状態に置かれてしまったのです。
入院を経て、焼肉屋を知人に売却し、養生のためしばらくサラリーマン生活をしたのですが、その間いろいろ勉強しました。
肝臓の負担を和らげるには玄米食が良いという情報を得て実践したところ、すぐに結果が現れました。
病院で月1回の検査をするのですが、肝機能の健全さを表すGOT、GPTなどの値が正常値に収まるようになったのです。
玄米というものにはこんな力があるのか。これをたくさんの人に広めれば本当に喜ばれるぞと思ったものです。
この体験が自分が玄米を売ろう、広めようと思ったきっかけです。
(なぜ玄米食にしたら肝機能が正常になったのかという疑問にはまた別の機会に述べたいと思いますが、それには納得のいく理屈がありました。)
また、焼肉屋をやめたもう一つの理由があります。
焼肉屋では炭火をつかって肉を焼いてもらうスタイルで営業していました。
その夏季の営業において炭火をガンガン焚いている最中、逆にエアコンでガンガン冷やしているという非常に激しい消費活動があったのです。
このエコ推進の時代に私は何をやっているのだろうという気持ちが常に付きまとっていたため、そのことが焼肉屋をやめるきっかけの一つであったのは間違いありません。
このような思いや出来事があり、焼肉屋から玄米屋への転職を決意した次第ですが、玄米屋も振り返ってみると本当に様々な迷いや葛藤があったものです。
食彩浪漫たいぞうは美味しい玄米を広めることでたくさんの人たちに喜んでもらいたいと始めた店ですが、なかなか簡単には玄米という食べ物を受け入れてはもらえず、そのためお惣菜の販売に力をいれたり、自然食バイキングなどで玄米を食するきっかけをつくるなど色々な販促方法を試みました。
その際、閉店時に売れ残ったたくさんのお惣菜を廃棄するのですが、このことが非常に心を痛める事でした。
商売ですので仕方がないのですが、何か良い方法がないかと常に考えていました。が、やはりある程度の廃棄処分は免れなかったのです。
しかし皮肉なもので、今事業を継続することに行き詰まり、閉店が余儀なくなったときにようやく太い太い一本の道が見えました。
自信を持って勧めることのできる玄米食のサービスを。
本当に喜んでもらえる玄米食のあり方を広める手段を。
大量消費社会の改善を担うことにふさわしい事業を。
私は今始める事業を心から自信を持って天職とよぶことができます。
つづく













